劇場アニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -」感想です。

2019年9月公開作品。
上映館数はまだまだありますが、三週間限定といわれた当初の期間を過ぎています。


ヴァイオレット・エヴァーガーデンが出向いたのは、男子禁制の女学院。
C.H郵便社所属の、手紙代筆業の依頼……ではなく、ある女学生の教育係になること。

期間は、舞踏会デビューまでの3カ月。
それまでに一流の淑女にふさわしい立ち振る舞いを身につけさせるよう、との依頼だ。
相手が、ドロッセル王家からのものでなければ、請けるものではない。

「お初にお目にかかります。お客様がお望みなら、どこでも駆けつけます。
 自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」

いつものように恭しく挨拶をするヴァイオレットに対し、
イザベラ・ヨークは気に入らない、との態度を隠さない。

気管支が弱いイザベラが咳き込むと、ヴァイオレットは気遣って手を伸ばす。
「さわんないで!」
それをイザベラは強く払う。が、手に訪れた衝撃に、イザベラが目を開く。

ヴァイオレットが身につけていた白い手袋を外すと、現れたのは無骨な金属。
「義手です。先の戦争で失いました」
ヴァイオレットは、その眉目麗しい容姿とはそぐわない過去を持っていた。
陸軍兵士として戦果を挙げていたが、戦傷により両の腕を失っていた。
その忍耐強く着実に進む姿勢は戦後も変わらず、義手で自動手記人形”ドール”となっていた。

イザベラは、そんなヴァイオレットと過ごすうち、少しずつ棘を外していく。
大切なものを守るために、引き換えにした何かを苛みながら……。


この物語は、手紙が繋ぐ、繋ぐもの、ということを主題においた作品といえると思います。
セリフが多い作品というより、気持ちの描き方を、誰かと誰かの動きで表現することに重きを置いて、
それを京都アニメーションの力で仕上げた、そんな感じがします。

そう、感情を動きで表現する作品。
作画の力、きめ細やかな表現は、観ていて感心します。

風景背景の美しさ。
風光明媚としかいいようがない景色が、スクリーン一杯に広がります。
湖はさざ波立つ。山野の緑は風になびいています。
街灯が点る景色は、暗くなっているからこそ感じる暖かさ。
深い雪が降る村は、それでも人や馬車が通った足跡が幾重も残っています。

動くんですよね。それが本当に細かい。

ちょっとびっくりしたのは、タイムラプスのような時間経過の表現を行っていること。
アニメーションでこれをやっているのは、初めて見ました。
通常は、夕暮れになるという表現や、次の時間の風景を描くところですよね。

キャラクタの動きは、ちょっとしたことを省略しない。

舞踏の足運び。平面に描いているのに、定点視点から足が入れ替わること、
足への力の掛かり具合が良く伝わります。

イザベラがヴァイオレットと打ち解けて、舞踏会デビューする前。
飛びついて抱き付き、そのままぐるっと回転。
その画面はフェードしていくのですが、消えていきながらも二人は動いているんですよえん。

テイラーが浮かぶしゃぼん玉に見入ってボーッとしている場面では、
本当に見入っているのが分かります。

現実とは違った動きを見せることもあるのですが、そのほうが見映えがするための選択でしょう。

という、先鋭特化した動きの表現はありますが、
しかし物語は、非常にゆったりと進みます。
エバン・コールさんの音楽がそのまま似合うような、ゆったりさ。


物語は、教育役として過ごした期間を超えて、
数年後、C.H郵便社へひとりの少女が訪れ、繋がっていきます。

少女は、孤児院を抜け出してきたテイラー・バートレット。
郵便配達人になるため、そして、届けたい気持ちを育んでいきます。

エイミー・バートレットという人へ、届けたい気持ち。

それは、郵便配達人はつまらない仕事だと思っていたベネディクト・ブルーにも影響していきます。


この「エイミー」が結構、気持ちに響くんですよね。
作曲は菊田大介さん。作詞は茅原実里さん。
曲の良さもさることながら、作詞がかなり作品に寄り沿っていて、
エンディングならではの曲になっています。

手紙として伝えているのが分かるような。
イザベラが叫んだ気持ちのままであるような、テイラーがいつか伝えたい気持ちであるような。
「きっと、思いは伝わります」

四周目以降の公開も行われていますので、ぜひ、劇場で。


また、エンドロール後に、
「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン the Movie」を制作中との告知がなされました。
こちらは2020年公開です。


まだ、事件から数ヶ月。
喪も明けないなかで、作品の公開があったことに感謝したいと思います。