とこはなさんの「押しかけ彼女は、俺の世話をしたい」 体験版プレイしました。

とこはなさんの新作は、「押しかけ彼女は、俺の世話をしたい」。
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長年、住み慣れた都会からの都落ち……。
そんな風に思うほど、母子衣市はのどかな雰囲気の土地だった。

転勤命令。
相性の悪いパワハラ上司と距離ができたのは良かったが、
会社の業績が悪く、給料が減らされた上でのこと。柄にもなく感傷的な気持ちになった。

だからというわけでもないが、都内に居たときは仕舞い込んでいたバイクを復活させた。
バカみたいにとばさなくていい。
軽く流して風を身体に受けるだけで、気持ちが晴れやかになる。

願わくは、これからはトラブルに巻き込まれたくない、
のんびりした心穏やかな日々を送りたい……、そんなことを考えていた。

「……わーん! ちょっと、やだもー、ウソでしょー……」
願いとは相反する、いかにもトラブルで困った感じの声が聞こえてきた。
少し離れたところでしゃがみ込む、制服姿の女の子。
スタンドを立てた自転車、カゴにはスポーツバッグ。
運動部で朝練へ向かうところで、タイヤのパンクかチェーンが外れたのだろうか。

なにかお困りですかと声をかけることは、もちろんできる。
できるけど、不審がられるのは怖い。万が一にも通報騒ぎになったら、転勤早々に社会的な死が――、
「あの……すみません!」
逡巡していたら、声を掛けられた。周囲に人はいないから、自分に呼びかけているのは間違いない。
とりあえずヘルメットのバイザーを上げて顔を晒し、バイクを降りた。

11
「えっと、その……なんか、急に自転車おかしくなっちゃって」
女の子は、おかしくなった自転車を見て欲しいと頼んできた。
男で、大型バイクに乗っているくらいなら、自身よりは詳しいと思ったのかも知れない。

実際、それなりに詳しい。好きなバイクは自分でメンテナンスするからだ。
事情を聞きながら自転車を見てみると、パンクはまだいいが、
ブレーキとタイヤ周りにオーバーホールが必要なほどだと分かった。
ショップに頼むと、新しく自転車を買い換えても良いくらいになる。

それを伝えると、不安そうな表情が見事に沈んだものになった。
「……じゃあ、よかったら、うちで直しましょうか」
「もしかして自転車屋さんなんですか?」
「違います。素人です。でも二輪はさんざんいじってきたので、どうにかできると思いますよ」
声を掛けられたのも何かの縁。
幸い、この子は面倒なタイプの人間ではないと思えた。

さらに、母子衣市総合運動場までバイクに乗せて行った。

大型とはいえ二輪の後部座席は運転者より危険がある。
そういう意味で、できれば乗せたくなかったが、
遅れるわけにはいかない事情で彼女自身から頼まれたことと、
周囲に代替交通が無いことから、それが最善であると判断した。
もちろん、危険については説明すると、しっかり聞いてくれた。

「お金はいいですよ。いりません」
夕方、自転車を引き取りに来た彼女……柊いさなさんにそう伝えると、目を丸くした。
「楽しかったんですよ。誰かをバイクに乗せるのも、人の自転車を整備したりするのも」
一人作業をしながら、こういうことをするのが好きだと思い出せた。
そんな気持ちを伝えると、彼女は強い意志を見せた。
「自分から声をかけて助けてもらっておいて、『タダでいいよ』っていわれても絶対無理です!」
とはいえ、何かして欲しいことも思いつかない。
冬場ではないが、けっこう日が傾いていたし、部屋は工具が散らかったまま。
順調に動くペダルと、それを漕ぐ柊さんの後ろ姿を見送った。

とはいえ。
お礼をします、と言った気持ちは嘘では無いとしても、あの手の社交辞令は、
時間がたつ間にうやむやになってしまうものだ。
見かけによらず、思った以上にいい子で、良く似たお姉さんがいたら、
好みにストライクだったかもしれない。

そんなことを思い返していたら。
次の休みに私服姿で柊さんが訪れて、かなり驚いてしまった……。
12
体験版は、321MBでした。

原画は、oekakizukiさん。
シナリオは、たにかわたかみさん。

容量は少ないのですが、満足度は非常に高いです。
というか、ちょっとびっくりするくらい良かったです。

まず、システム面。相変わらず調整できにくい。
ウィンドウサイズは変わらないし、セーブファイルも少ない。
いつものウィルプラスさんのシステム。ここはもう変えないのでしょうか。
そういう調整を、PC側でもやって欲しいんですよね。
どこかで踏み切らないと、他に転用できる機会を失い続けると思うのです。


体験版を起動すると、まずOPムービーが流れるのですが、
ものすごく音質が良いのです。
こういうところはウィルプラスさん流石ですよね。

しかも、良い曲。「ゼロの距離で」。
作詞作曲歌唱ともに、鳴呼憂さん。いい音が揃っています。

BGMも良くて、ちょっとびっくりします。
やっぱり良い音楽は力がありますね。場の雰囲気を盛り上げる、倍加させる。

ただし、ウィルプラスさんの良くないところは、それに関与した方の名前を出さないこと。
出すべきです。
それと、調整されていないこと。
音楽が良いのは分かりますが、セリフを打ち消すくらいの音量設定ですから、
どれくらいのバランスで聞くのが良いと思った、
そんな設定で体験版をリリースしてくれても良いと思います。


さて、何が良かったかといえば。
登場人物が、自然体でスッと受け入れられるキャラクタをしているのです。

13
「カンペキな対等は無理にしても、精神的には持ちつ持たれつでありたいっていうか!」
柊いさな(結城ほのかさん)

祖父の食堂を手伝わされた経験があり、料理が得意。
でも周囲からは食べるの専門キャラだといわれる。笑うとかわいさが増すタイプ。

母子家庭で、負担を減らしたいと思い特待生で寮に入ったが、
同室の先輩とどうも合わない、そんな学生生活をしている。

素直にあれこれ言うことはできますが、日頃は周囲に気を遣った対応をしています。
マイペースに見えるのは、気を遣わなくても良い関係だと思えるから見せているんですね。

この柊勇魚を、結城ほのかさんが演じます。
結城ほのかさんは、ハマり役を持っているタイプで、どちらかといえば、柊いさなは外れています。
なのにビジュアルを見ながら聞くと合っている。見事です。
力の抜けている、本当にリラックスして主人公と接しているのが分かるというか。
まだ納得できる理解に及んでいないので、暫定的な感覚ですが。
プレイを進めていると、うん、納得感があります。これが柊いさなだと。

全部がうまいとは思いません。
例えば、部活の時の声などは、もう少し低く出して、テキスト表記の、
聞いたことのないレベルの音量を出してくれても良かったと思うし、
水泳中の吐息部分はもうちょっと上手くできそうだとは感じますが、それでも。
なんでしょう。聞いていると説得される。

これは、まずシナリオ部分が良いからでしょう。
キャラクタって、何をするか、何を喋るかで象られていくと思うのですが、
そこが非常に良いんですね。

良く練っていて、だからこそのエピソードがどんどん書かれていきます。
シナリオは、たにかわたかみさん。
歴は長いと思うのですが、まだこんなにも魅力的なキャラクタを紡ぎ出せるというのが驚きです。

なんだろう。無理してないんですよね。
柊いさなというキャラクタに自然さがある。
これ、主人公も良いのです。
冒頭で、主人公が積極的に手を貸そうとしないのも、今の感覚に溢れていて、良く伝わります。

だから、告白シーン。
セリフによる伝え合いになるのですが、言葉選びが非常に良いですね。
納得感だらけで、何を言ってくるのか聴き入ってしまいました。

また、ウィルプラスさんの音声左右振り分けが、こんなに活きるとは思いませんでした。
素晴らしい演出ですね。

とにかく体験版の内容は良すぎるくらい良すぎました。


ただ。
体験版は非常に良かったのですが、二人の大きな山場は越えてしまったなと思うんです。
この後は、めでたしめでたし、でしか無いと思うのです。
二人の関係が進む様を少しずつ見ていたかった、という気持ちもあります。

それともう一つ。
oekakizukiさんが原画されている、ということなのですが、彩色の問題なのでしょうか、
ご本人のpixiv掲載イラストとかなり差を感じます。
また、ピローカバーを販売されていますが、その画像と見ても差がある。

これは本当にもったいないと思います。


とはいえ。
本当にスムーズに入ってくる物語でした。
ぜひ体験版を。


2019年11月29日(金)発売予定です。