OVERDRIVEさんの「MUSICUS!」感想です。

2019年12月発売作品。
OVERDRIVEさんの「MUSICUS!」は、音楽を題材にした”ロックンロールADV”。

代々、医者の家系で、自身も医者になるものと思われていたが、
名門校をドロップアウト、定時制の学校へ通い直すことになった対馬馨は、
市の小説賞の選考に残り、それがきっかけで、音楽事務所からバンド同行レポートを頼まれた。

見たライブの凄まじさ……。
そこから、対馬馨は音楽に触れていくことになる。

それでは感想です。
ネタバレは、少しだけあります。
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概ね満足しています。こういう描き方をした作品は少ないから。
けれど、不満です。
クラウドファンディングで大きく成功した資金で創り上げた作品、として捉えると。

支援総額1億円超。話題になりました。
もちろん、全ての資金がゲーム制作に使えるわけでもありませんが、
リターンも含めて4,000万円を資金ゴールとしてスタートしたプロジェクトで、
これくらいあれば作れる、出せるとして考えていた。
その時よりも充実されることは可能だったはず。
日常にある「音楽」を奏でる存在である「バンド」の魔力に引き込まれた青年達の物語を、このノベル形式のゲームに全て注ぎ込みたいのです。
「バンド」という不思議な運命共同体の物語を、ぜひ我々に最後まで作らせてください。
最後に
この文章に、その後の宣伝活動に、ならばと支援する気持ちになった方は多かったはずで、
だからこそこれほどに支援額が集まったのだと思います。
それまでの人気、人望も大きかったとは思うのですが。

ただ、これで本当に出し切ったんでしょうか。

物語を世に出すということは、伝えるということ。
その面において、前作「僕が天使になった理由」のほうが遙かに良い状態で、
細部まで落とし込みが出来ているように思います。

特に、進めていて気になったこと。
テキストで描写されることが、グラフィックに反映されていないことです。

それと、SEや音声がしっかりしていません。
描かれたその場の雰囲気作りに力を入れてないと感じます。

さらにもう一つ。
この、ビジュアルの上にテキストが載るタイプの設計。
これが好きではありません。

まず、この件から書きますと、読みにくいのです。
この作品は、対馬馨の心の動きをテキストやシナリオで描いていくのが印象的。
対馬馨は、弁は立つものの口数が多くなく、
自問自答や、誰とはなく聞かせる話のように、シナリオが綴られていくわけです。
また、キャラクタのセリフも非常に長い。
こんな風に、画面が埋まる。なかなかの分量で、読み応えがあります。
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ただ、その度に。
何か動きがある度に、一瞬テキストマスクが取れて、また暗くなるんですよね。
云ってみれば、ページを送るクリックごとに画面がチラついて見えるわけです。

さらにこの画面構成の嫌なところは、さっきのセリフもう一回聴きたい、
聴き直して今のセリフとの繋ぎを理解したい、
このキャラクタが何を言っているのか解りたい、そういう気持ちに応えてくれないこと。
バックログ画面に移行しても、そのセリフが出てきません。
さらに次に送らないと、見たかったセリフが出てこないのです。
セリフが途中で画面切れを幾度も起こし、AUTOモードで進めても音声と進行が噛み合わない。
長いセリフがあるのならば、このようなシステムではいけなかったはずです。

立ち絵やイベントCGが表示されていても、変わらずテキストが被せられます。
ビジュアルの良さを打ち消してしまっているように思います。
すめらぎ琥珀さんのCGはやっぱり魅力的だから、被せて欲しくなかったというのもあります。

テキストで描写されていることがビジュアルに反映されていない。
テキストに合わせたビジュアルが用意されていないのが残念です。

何故このキャラクタはいつまでも服装が同じなんだろう?季節は冬なのに、夏になったのに。
そんなことを思っていましたが、ビジュアルが用意されていないんですね。
もしかしたら、テキストを被せるスタイルのほうが、
CG必要枚数を減らせるということもあったかもしれません。
しかしそうなると、何故、田崎京香はファミレスでライブ先の選別話をしているだけなのに、
コートを脱ぎだしたのか?
カウンター席が並ぶ喫茶店で、立ち絵が表示されている画面を見て、
違和感を抱かないのはどういう監修なのだろう?とも。


それから、音。
ファミレスに入った時に聞こえるSEが、街を歩いている時と同じなんですよね。
おかしいですが、これも用意されていないのでしょう。
そういう細やかな演出が足りないですよね。
なので臨場感が微妙です。

また、音声にもおかしなところがあります。
例えば、バンドアジア帝国の楡のセリフ。
「大事なライブを間近に控えた、三十才になったばかりのいい大人である、この楡が川に飛び込むんだ」
このセリフ音声に、げっぷのような呻き声が計3箇所も混入しています。
また、テキスト上では、楡は脱いだ上で宣言しているわけですが、立ち絵は同じダウン着のまま。
こういうのは本当にがっかりします。
脱いでるんだったら、脱がせてあげて欲しいし、
用意がないなら、画面から退場させてあげたほうが良い演出になると思います。
今まさに脱いでいるからしゃがんでいて、画面に映らないとか、そういう解釈もできます。

髙橋風雅のセリフ、突然、セリフ前の呼吸音が露骨に入る箇所があります。
こういうの、リテイク取っていないのが不思議です。
金田はお気楽だな。から始まるセリフ。次のセリフも。
この方の声、結構好きなんですが、ここは残念ですね。収録が体調の悪い時期だったかな。
それとも詰め込みすぎて乾燥してしまったのか。
香坂めぐるの「やっぱ一発取りでやるかあ?」の”つ”も、マイクと弾けちゃってますね。


ここまで書いた不満。これらは、雑音です。
作品の真骨頂は、シナリオにあります。

全体的に通して見ると、音楽とは何なのかという問い、
その答えは、音楽に関わった生活の中でしか得られず、
しかし得た答えが普遍の真理ではない、その人生の道程によって変わる、ということを考えました。
こうして言葉にしてしまうと、音楽に限らないのかも知れません。

選択肢は、主人公たる対馬馨が、今何を尊ぶのか問うもので、
その流れで云えば、尾崎弥子、香坂めぐる、ソロ、花井三日月という進行になりました。
自由に選んでいけますが、対馬馨を成績優秀で真面目な存在と考えて選ぶと、
このような進行になると思います。

ただ、全体的に、ヒロインとなるキャラクタよりも、
そのルートで登場するサブヒロインのほうが魅力的に見えてしまう。
これはちょっとびっくりしました。

仕方のないところもあります。
その理由の一つとして、ヒロイン側が背負ってしまう、語らなければならない過去。
しかもそのヒロインキャラクタの話ではなく、音楽業界と、誰かの人生。
語っているのは、ヒロインキャラクタが見てきた、音楽に掛けた男の人生なんですよね。

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尾崎弥子

佐藤未来が輝いていました。
尾崎弥子は、画家だった父親の人生と考え方を提示してはくれたけれど、
姿勢や生き方を示したとは言い難いところがあって、
佐藤未来の姿勢にこそ、対馬馨が見習うものがあったように思います。
誰とでも積極的に関わろうとする、その姿勢にこそ。
もちろん、得手不得手もあります。
けれど、幾度となく人と触れあう場に引っ張り込んでくれたから、
そしてそれに乗ったから、この物語の成果は残ったのだと思います。
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からかう声と、猫目差分がとてもかわいい。
きっとこのコートを着たまま、弟妹たちの世話をするのでしょう。

文化祭もやっぱり環境音が少なく、余程閑散とした学校なのかなと誤解してしまいます。
登壇した女子三人組は人気があって、大勢客席に詰めかけた、んですよね?
歓声が増えないのも不思議だし、その彼女たちがステージに上がった声もない。
舞台袖、控え室側って、もっと声が聞こえてくるものなのに。
見せ場というか、山場なのだから、もっと盛り上げてほしかったです。

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香坂めぐる

香坂めぐるより、残念ながら田崎京香のほうがかわいくて魅力的に思えてしまいました。
これも、先述の通り。

確かに、香坂めぐるにしろ、師匠にしろ、壮絶な人生であるように思うけれど、
それは自分語りをしているからで。
もしかしたら、田崎京香が語ったほうが、魅力的な物語になったことはありませんか。

香坂めぐるが泣くのに驚くのも、ちょっと解せない。
師へ伝えることが、印象、インスピレーションによるものであることを含め、
”音楽を通しても伝わらない”と感じ取ったわけです。
このテーマは、花井是清の問いかけであり、対馬馨は共感を持って接するべきことのはず。
だから、本当の意味で、対馬馨は周囲のことはどうでも良かったんだなと伝わるのですが、
ある意味で花井是清以上だったと明かしてもいます。
花井三日月には見抜かれていて、髙橋風雅や香坂めぐるにも伝わっていたでしょうね。

場面が唐突な感じがします。
たまに実家に帰ろうとするのはいいとして、
母が語り出す人の人生と、邯鄲の夢、対馬馨が妙な夢を見るのも分かる。
けど、それを繋げる理由がわかりませんでした。
一連の流れをまとめる一言があっても良かったのかもしれませんね。

花井是清のことも頭の片隅に片付けてしまうのも、
このルートでは語るべき内容じゃないから、なのかもしれませんが、不満です。
バンドマンの日々が忙しいのは分かる。その渦中で、生活の真ん中に置いておけないのもわかる。
けれど、こういう片付け方をしてしまうだけの要素だったのでしょうか。

香坂めぐるとは、一時だけ重なった、理解のあるバンド仲間止まりなのでしょう。
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田崎京香とだったら、もう少し違った物語になったと思います。
苦労人で常識人。スマイルがかわいい。
「間違いない」の声がすごくかわいらしくて、何回も聞いています。


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そしてソロ。
対馬馨は、花井是清のようになってしまい、様々なものと距離を取るようになります。
そして、来島澄という女性と出会うのですが……。

音楽に触れていると、描かれた苦悩の羅列に、一度は襲われるはずです。
そこがすごく良かったですね。この作品をプレイした価値があると確信できたのは、
間違いなくこの物語。

そして、凄まじいなと思ったのは、すめらぎ琥珀さん。
来島澄という女性のデザインが、もう、登場した瞬間に予感させるんですよね。
ああ、絶対にうまくいかない、と。
本当にその通りだったので、背筋が寒くなりました。
間違いなく来島澄という女性は、対馬馨に差し伸べられた救い、でしたよね。
解らなくても分かろうとしてくれ続けた。なのに。

この物語になると、あまりBGMが流れないのも、良い演出だと思います。
これは間違いなく対馬馨の一つだと思うから。追い求めたら、聞こえなくなっていく。


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閑話休題めいてしまいますが。体験版をプレイして、気になっていた箇所。
橋本香織の下りや、父の対馬脩作の登場場面が色々と辛かったです。
橋本香織というネーミングが上手いですよね。
このキャラクタに合っている感じがします。そして、進めるのが大変でした。
下手を打ち、それでも下手を打つ。
こんなにも共感性羞恥をかきたてるのは、なぜか。
これを描くのは、彼らの音楽と何か関係があるのか。
もうちょっとクレバーじゃなかったのか、対馬馨は。
彼女を助けたい、として。その方法で、それで助かるって、どうして思ったのか。

対馬馨は、橋本香織をかばったことで名門校を退学となったわけですが、
理由をいうつもりがないと母の対馬直美に宣言したのも、何なのだろう。
八つ当たりしてしまうくらい、進めるのが辛かったです。

最初に、尾崎弥子へ進路をとっていたので、
橋本香織とあれこれ遭った後、招待してくれた尾崎家の場面は、とてもホッとしましたね。

本当だったら一つの山がありそうな部分は、何も無く終わってしまいましたが、
対馬馨にとって橋本香織とは、多少の憧れは抱いたこともあるかもしれないけれど、
関係性の長い一人でしかないのでしょう。

それと。
バンドにおける三大問題のひとつは、人間関係だと思います。
なのに、金田のような人物を登場させた。これもちょっと良く分かりませんでした。
このような人物も居る、確かにそうでしょうけれども、
バンドメンバーは、よくこんな人物の対応をしているなと思えてしまうあたり、
キャラクタ設計はすごく良かったのかもしれませんね。
放って置くと、どんな人相手でも、花井是清になってしまうから、
対馬馨には金田が必要だったのかも知れませんが。
ただ、そんな金田に、イベントCG数枚費やす理由が分かりませんでしたけども。
たった一瞬だけ、ですし。
また、金田が喋り出すと、クリックして飛ばそうとしてしまいました。
声優さんはすごく上手かったのだと思います。

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花井三日月

ようやく、物語がヒロインキャラクタのほうを向きます。
とはいえ、4割くらいはまだ、音楽の世界に連れ込んだ花井是清のほうを向いていて。
花井是清の問いかけを、その答えを見つけることになります。
それもずっと、どんな道のりだろうとも、音楽を続けていたから。
音楽に触れていたから、ですね。

あの、髙橋風雅って割と良い子ではありませんか。気遣い細やかだし、がんばるし。
アピールも積極的。
いや、そういう気は、ないはずですが。
それに、香坂めぐるもスッと言葉を差し込んできて、尾崎弥子はもうその姿を追えなくて、
水野季沙も良い子ですね。


という流れで進めると、この作品全体が楽しみ尽くせる気がします。

シナリオ、テキストの力がある。
流れるように物事が進んでいき、サブヒロインの行方はどうなったのか気になるけれど、
対馬馨が衝撃的な出会いをしてしまったバンド花鳥風月、そして花井是清の生き様を、
その先の自分に影響を与え、向き合わせた音楽を。
意味はない、としても、価値はある、それを見せてくれました。

音楽シーンにおける問題を、やや古い事例があるにしても、描いた作品は珍しい。
これは、ライブハウスに行ったことがあったり、作曲していたり、
何らかの形で音楽に触れたり、音楽を良いものだと思ったり、音楽に苦しんだ人ならば、
より、共感を得られるものが多いと思います。




ダウンロード販売もあります。
MUSICUS!


八木原隆志ことスタージェネレーション、格好いいですね。
こんな人と出会えるのは、全員にとって幸運だったはずですし、
やっぱこうでなきゃ、と思わせるほどの格好良さがあります。
最高の見せ場を持っていました。
ここでスタジェネが動いたから、その力がみんなに届いた。
音楽の力なのか、スタジェネの力なのかわからないけれど、
きっと、あの人もスタジェネが好きだったのだと思います。(しかも公言したことがない)

あ、そうそう。
『ぐらぐら』を聞いてると、花井是清はすごいんだなというのがわかるし、
『Be strong』は、スタジェネがパワフルでスピリットに溢れたバンドだと知らしめました。
対馬馨たちのバンド曲では、『ココロの行き先』が結構好きです。


冒頭で書いたことは、本当にこれを最終作として、もう作らないで良いのかということ。
確かに世の中は難しい。音楽シーンも厳しい。
好きでは無くても、動画配信は許可せざるを得ない。
でもこれで、最終作で良いのでしょうか。
また数年経ち、創りたくなってくれるといいなと期待しています。