きゃべつそふとさんの「さくらの雲*スカアレットの恋」感想です。

2020年9月発売作品。

きゃべつそふとさんの「さくらの雲*スカアレットの恋」は、”100年の時を超えるミステリイADV”。



「歪みを正さない限り、あなたは未来へ帰れない――」
2020年から100年前にタイムスリップしたらしい風見司は、アララギと名乗る軍服姿の女の子に言われたとおりに、自分の知る歴史と少しのズレを感じる。
日露協会会頭、後藤新平氏の暗殺。関東大震災後の復興計画を立案、尽力した人物として風見司も知っていた、なのに。

そして、風見司が知るより3年も前に起きる大震災。
人々はこの天変地異を鬼の仕業と荒れ狂う。強大な自然現象だと信じない。

哄笑する加藤大尉を前に、その論すら砕けず。
「――”歪み”を抑えきれなかったようね」
再び相対するアララギに、電報を託す……。

それでは感想です。
ネタバレ、にかなり気をつけています。
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素晴らしいミステリ作品です。
置かれた謎と、仕掛けの巧みさが圧倒的。
これを、企画からシナリオと通して綴る冬茜トムさん、本当に素晴らしいと思います。

徹底している。
最後までプレイして感じたのはこのことでした。

ミステリをミステリたらしめるのは、細部まで気を遣うことだと思うのですが、正にそれを為している。
進めていて、あれ、この場面はどうしてこうなのだろう?といった疑問は、全て理由があるからそこに置かれている。
はっきり書くと、伏線。だから一つ一つを丁寧にする。

これをやってのけてしまう。
これだけのボリュームを丁寧に進行させるのは難しいのに。素晴らしい巧の腕です。

ここまで徹底されていると、本当に何もかもいえなくなりますね。
せいぜい、体験版で公開されているあれこれ……だけなら書いても良いのかもしれませんが。
ああ、でもそれも、プレイされて、ご自身で直面して首を傾げ、答えを選び出し、そして解答編に辿り着いた方が十全に楽しめると思います。

体験版が2つリリースされていて、どちらもプレイしているのですが、プレイした時の把握を大幅に超える展開。
そして、これは本当に大丈夫かと思っていた存在、主人公。
主人公が主人公として立てるのかどうか、だったのですが。
そこすらも綺麗に巻き取っている。
製品版読了後に体験版の感想を読み直すと、あれこれ書いているのが申し訳なく思うほど。
いや、むしろそれすらもユーザ誘導の一つだったのかもしれません。きっとそうでしょう。
そこに嵌まりきってしまったのです。

この作品は、体験版で事態の大きさを味合わせ引き込みますが、さらに気になる事柄を気軽に放り込み、体験版が終わるのです。
その場面を見せると、それまでのキャラクタを疑ってしまう。上手い引き込み方だと思います。
あんなに近づいてきたのは?未来のことを知りたがったのは?キャラクタを警戒するのです。

その後の続きとなる製品版では、キャラクタの物語を知っていくことで、解答と新たな謎を受け取る。
その繰り返しで最終章へ辿り着いていく。

この進行のため、全体を通してみると、前菜扱いと捉えられることもあるシナリオも出てきてしまいます。
それが不満になることもあると思います。
でもミステリ作品の構造として、これ以上にできることが思いつかない。

シーン中にも思ったのです。あれ?と。
それも伏線だというのには驚きました。
むしろ伏線だからこそ、風見司をこのようにデザインしたのですね。
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それなりの教育を受けた2020年に生きる学生。
冒頭で本を読もうと桜の木の下に出てくるところを見ると、かなりの読書家なのか、たまたま書物を手に入れやすい環境下にあったのか。
文化を理解し、品のあるさま。
強く自己主張するわけでなく、応対も丁寧。
デザインと噛み合った優男、ですよね。

ところが体験版では、その迂闊さにヤキモキさせられました。
未来人として影響を与えてしまったとへこんだりもするけれど、喉元過ぎれば熱さを忘れるとしか思えない場面が幾度も。
でも、それにも理由があったのですね。


読み応えがあると思ったのは、数々の寓話や逸話すら盛り込んでいること。
何となく聞いたことがある話から、全く知らない、けど調べると出て来るものも相当に多くて。

これ、全てを把握して解説されている方はいるのでしょうか?
いないのであれば、きゃべつそふと公式さんが、ビジュアルファンブックなどで解説を添えてくれると嬉しいです。

膨大なエピソードが、キャラクタを立体化せしめているのです。

これもネタバレになりますが、
登場している全てのキャラクタにきちんとした生い立ちがあって、だから1920年代のいまを生きている、という描き方。
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柳楽刑事(霧島陽炎さん)は脳天気なところを見せつつ、警官としての職務責任で動く人。
水神蓮(如月たまさん)はこの時代の純な女学生。
所長(猫田みけさん)は謎多きお金に目が無い探偵。
不知出遠子(相模恋さん)は旧家の出ながら新しいものに興味があり日常を飛び出したい娘。
メリッサ(花宮すいさん)は遠子のメイドながらイギリス料理を連続で繰り出す。
櫻井雪葉(藤咲ウサさん)は鉄道員として、三枝マイ(月白まひるさん)と同様に社会に出る女史であろうとする。

鳳凰ヶ原ヒミコ(瀬兎りょうさん)は占い師をしているが本当は女学生。
伏倉万斎(万里小路麗音さん)は誰も見たことが無い絡繰発明するのがとにかく好き。
真霧影虎(真野大さん)は憂いのある画家。

成田権造(蓮岳犬さん)は風刺画に描かれる成金のよう。作中でも成金呼ばわりされていました。
リーメイ(西園かなえさん)は会員制クラブの博徒。
中森(三今亭馬朝さん)は帝都博物館の責任者。

そしてアララギ(野々宮小鞠さん)は謎への案内人。
加藤大尉(熱波整さん)の力は本物だ、という怪文書めいた電報を持って現れる。

冒頭ではこれくらいの把握でも良いのです。
それだけじゃなさそうだぞ、という形で体験版が終わってくれますから。

その流れを引き継いで、製品版で始まる各キャラクタのルートで明かされていく謎。
例えば、体験版の最後で衝撃的な行動を起こした不知出遠子は、何故あんなことをしたのか?という引きを抱き、
しかしそれは不知出遠子の深いところを表していたのだと知る。
この各章(枝)における物語もなかなか趣深いと感じました。

また、ミステリの定番ともいえる密室要素も盛り込まれたり、同時に、大きな要素を明かしていったり。
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ミステリの上手い作品は、虚と実を上手く用いることだと思います。
虚と思わせて実。実と思わせて虚。
これすらもやってのけている。

明かされるからこそ、生まれる新たな謎。
その謎が、明かされた真実が、次の枝へと駆り立てる。

そして。
体験版で感じたキャラクタたちへの不安は、一切残さず払拭する。
対決へ、大団円へ。在るべき姿へ。


素晴らしかったですね。
どこを起点に綴り始めたのか。

何もかもに意味を持たせた展開。
導入のあれこれは、単なる前菜、食前酒に思えたのに、最後の最後できっちり巻き取ってくる。

だって。
この梶井基次郎作「櫻の樹の下には」。
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これにすら意味があったなんて……。
体験版プレイ時点では、先に進みたい気持ちでこの画面は見ていたのに。

物語の重要な地点で、桜は用いられます。
でも、その時の意味とも、読了後は違う意味を持たせているのです。


色々言えない。
けど、ボリューム、説得力のある進行と引き込み力で、最後の最後の最後まで、楽しませてくれました。
素晴らしい作品です。



ダウンロード販売もあります。



さて。
ネタバレを何とか回避しつつ、気をつけますが、どうしてもあれこれ書きたいところがありますので、もう少しだけ。

不満として。
Ethronelは、調整が進んでいるブランドさんも多くあるのですが、
そうでないブランドさんが使っている場合のEthronelはとにかく使いづらいです。困ります。
システムの調整を。もしくは別システムを実装を是非ともお願いしたいです。

ミステリです。気になるところがあったらセーブしますでしょう。
それこそ、電報の号数をチェックしていたくらいです。
そうやってワクワクしながら、照らし合わせながら読み進めるものでしょう。
ここは改善をお願いしたいです。
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気になったネタを色々と。
鳳凰ヶ原ヒミコの左利きは何か用いられたでしょうか。
もしかしたらエピソードを削った可能性もあるのかもしれませんね。

体験版をプレイして、所長をアメリカ出身だと思ったのには二つ理由があります。
ホットドッグを故郷のものと言ったこと。
セント硬貨を投げたこと。どちらもアメリカのものだったからです。
参考にしたのがレベッカ・クラークである場合、親がアメリカ出身であるのかもしれません。
なおレベッカ・クラークは、愛称がベックルだったそうですが、レベッカだと一般的な愛称でしょうね。

キャスティングがすごくいいですね。
体験版の時からわかっていましたが、男性キャラクタもすごくいい。
真霧影虎さん、伏倉万斎、加藤大尉、柳楽刑事。みんな良い声なんですよね。
そして製品版では期待した活躍が多く盛り込まれていて、すごく嬉しかったです。

コーヒー飲み干して、餞別を持たせるところ。成田さんが成田さんらしくてとても好きですね。

メリッサさんの「……ぜひ」に気持ちが篭もっていて、やっぱりいいキャラクタだなと。
鳳凰ヶ原ヒミコ。絶対、そのカードが出るようにしましたよね。ちよはそういう子です。

知らない、現実に合った歴史を知らされ、モチーフとなる事実をつい調べてしまったりする。
物語のどれだけ引き込まれたか、ですよね。
把握できている要素としては、このあたり。
イサムノグチ(モエレ沼公園)

ケシについて、第1次世界大戦後の不況にのみ込まれた農民たちを救った存在
バウムクーヘン日本で100年 平和願ったドイツ人の味
第1次世界大戦中に中国で捕虜になったドイツ人たちによって日本で初めて紹介された。舞台となったのは、広島市の広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)。
ネタバレになりにくいところをピックアップしていますが、やっぱり、モチーフとしたり発想の元となる話を聞いてみたいですよね。

史実をモチーフにすることは、物語にとって大きな力になります。
歴史上の過去に旅立ち、現代に戻ることを目指す物語ともいえるので、
歴史と繋がることは、作品を見る側にとって、いわゆる聖地巡礼のような気持ちで作品に接することができる。
綴る側にとっては、物語の強度を高めるともいえるはずなのです。

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そして、タイトル。

「さくらの雲*スカアレットの恋」。
これ、所長視点なのだと感じています。

逢えない。分かったからこそ、手紙を遺そうと考えたのでしょう。
パソコンも使えるようになったと書いてはありましたが、出来る限り直筆でやろうとしたのでしょうね。
しかし、幾度となく手紙を書いては捨てた……というような記述もあります。
それはそうでしょう。想いの深さがあった。何て綴ったら、あの”親愛なる助手”に伝えられるかと悩んだに違いない。

司が現れる場所は分かっていた。あるいは、アララギから改めて報されたのかもしれませんが。
司が登場時に泣いていることすら見抜いていた。さすがは名探偵、いや、想いの深さですよね。きっと
司のことばかり考えていたのでしょう。

そのうち、桜の咲く季節に、司が現れたのと同じ場所へ。あるいは、同じ姿勢を取ってみたのかも知れない。
風見司は、寝転びながら梶井基次郎を読んでいたようで、タイムスリップ時に寝転んでいるCGがありますよね。
きっと、取ったのです。同じ姿勢を。そして司のことを想ったのです。

寝転んでみた所長の視点では、頭上の桜は、広がり咲き誇ったのだと思います。
「まるで、桜が雲のようだ、なあ司よ。お前はこれをみていたのか?」
そんなことを呟いたのかも知れません。隣にはいない助手へと。
描かれては居ませんが、平和を勝ち取るために色々なことをしたのでしょう。
そのままだと、司が苦しんでしまう未来に至るから。
ちょっと疲れた日もあったでしょう。ふとした時間の隙間にも立ち寄ったのかもしれません。

その所長の気持ちなのだと思います。

レベッカは、バラの種類の一つ。
その色は紅色。
レベッカの真の心、真紅(スカーレット)。
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……と、勝手に思っています。

そんなことを考えるくらい、あの場面にはぐっときてしまったのです。