あざらしそふとさんの「アマエミ」体験版プレイしました。
あざらしそふとさんの新作は、”恋を描く純愛学園ADV”「アマエミ -longing for you-」。

明日は入学式という四月始め、校門の前はなにやら剣呑な空気に包まれていた。
呆然と佇む野次馬を含めた数十人の学生たちのところへ、
非常勤講師の鍋島立哉は居合わせてしまった。
先生と呼ばれるのには慣れないが、呼びかけられたことを気づかなかったことにするには遅すぎた。「ごめんなさいっ、ウチが悪いんです」
ギャルっぽい子の長く伸ばした金髪が揺れる。
どうも、美術部の力作、新入生歓迎アーチを、学園に住んでいる猫にも見せてあげようと連れてきたところ、その猫がペンキを倒してしまったらしい。
猫を連れてきたのが、金髪の子だというのだ。
無情にも、全面に桜を描いたであろうアーチは、青いペンキをぶっかけたような物として横たわっていた。
そして、完全下校時間を知らせるチャイムが鳴る。
学生たちに頼まれて掛け合っても、徹夜をさせる許可など出なかった。
ペンキが乾かない限り、アーチに桜の絵を描くことはできない。
真っ蒼に染まった桜からは、温かみが消失する。
まして、作業量として油絵二十枚以上。どんなに頑張ったところで朝までに仕上げられるのか?
――できるとして。そいつは、描きたいと思っているのか。
様子を確かめるため、無理だったと諦めるためと思いながら、
それでも、鍋島立哉は他の教員がいなくなるまで居残ったサービス残業の後、アーチのところへ行くと、
ドライヤでペンキを乾かそうとする、あの金髪の子がいた。
「あ、あはは……うん、だって、さすがのウチもさ? 責任感じちゃうっていうかさ」
実は、誰よりも傷ついていたのはこの子だったのだろう。泣きメイクを施した目元にじわりと涙が滲んでくる。
「みんなには言うんじゃないぞ。これは教師としての責任感に過ぎないんだからな」
ペンキまみれのアーチを睨み、鍋島立哉が軍手をはめて筆を握ると、たちまち親密な手応えが宿る。
そう、これは絵に対する情熱なんかじゃない。
ひとりの女の子が流す涙を止めてやりたい。みんなが汗を流してきた努力を無駄にしたくない。
そんな風に誰かに挫折してほしくなかった。
体験版は、727MBでした。
まばたき、セリフに合わせた口パクが搭載されています。
クリックしてプレイされる方には恩恵がなく、クリックするとそれらは停止します。
つまり、オートモードでじっくり楽しむ作品なのかもしれません。
体験版、すごく読み応えがありました。
体験版の内容は、これまでの、あざらしそふとさんのイメージとは違う作品に思えるかもしれません。
しかし、強いストーリー、魅力的なビジュアル、感じさせる音楽と、担当されたクリエイターさんたちが力を発揮して、「アマエミ」になった。それをよく感じられて、非常に楽しめました。
当初、「アマカノ」シリーズでシナリオを担当されていた龍岳来さんが企画協力とクレジットされていて、
でも、「アマカノ」シリーズと方向性は似通った作品と考えていました。
タイトルからは想像できないほど、読ませる物語です。
体験版をプレイすると、今作シナリオ担当されている籐太さんらしさというか、ニュアンスを随所に感じます。
本作の公式サイトでも、ポイントに”ヒューマンドラマ”を挙げています。
心を救う作品を描くのが上手い方だと思っていて。他ブランド作品なので例示しませんが、未だに好きな作品があります。
しかもそれが、ヒロインだけではない。
体験版は、3人のヒロインの魅力を引き出しながらも、そのヒロイン達に好意を寄せられる主人公、
非常勤講師の鍋島立哉にフォーカスしてくれました。
人と人は、関わることで影響し合う。そういう方向性のドラマ。
それを描くために。
BGMも音が豊か。
のどかで、つい時間をゆったりと感じてしまいそうになる春を感じる曲。鍋島立哉が定塚学園でどんな時間を過ごしているのかも感じてしまいます。
あるいは、ブーやんのあくびを想像したり。
音楽だけでなく、体験版中盤になるのですが、冷たい風が木の葉を攫っているSEが入っていて、とても心地良いです。
ここに、わいっしゅさん、chiki-coさんの背景が美しく彩色されて合わさり、韜晦した主人公、鍋島立哉と、彼が出会うヒロイン達の時間が表現されています。
クオリティがすごいです。
いや、彩色本当にきれいですね。
わいっしゅさんが公式掲載されているイラストと彩色は沿っていて見応えありますし、
かつ、おりょうさんが掲載されているイラストとも彩色が合っている。
違和感ゼロ。良く合わせてくれました。
例えば、背景のことを挙げますと。
鍋島立哉の寝るためだけの部屋。壁をこんなに細かく描くか。
この精微さが、鍋島立哉の今の無機質さをも語っているように感じられるのです。
そして、隅のほうで埃をかぶったイーゼルが無言のまま立てかけられているだけだった。
壁面を見てください。無機質を彩るテキストのイメージ通りです。
恐らく入居したままなのでしょうね。鍋島立哉のこれまでを考えると、そんなことが想像できます。
ただ、立ち絵が画面に現れる時に、音楽音声一帯がスクラッチするようです。
バックログ等でロードし直すと、その動作は消えます。
または立ち絵が変化する際に。
いろはのセリフ「で、でも……へ? 今、ふたりって言った?」では、「へ?」のタイミングで立ち絵が変わります。ここでも音声がスクラッチ、「へ?へ?へ?」となります。
アケビも、「すぐ戻りますねー」が「すぐすぐすぐ」となり、
桜綾もテキストウィンドウ中のフェイスでさえ同様の動きになるところをみると、
もしかしたら、そのクライアント上で最初にそのタイプの立ち絵がロードされるタイミングでスクラッチ動作されてしまうのでしょうか。
全体的に落ち着いた場面展開なので、何とか修正されるといいのですが。一部、悲しい音声なのに表情は沿ってない、E-mote設定抜けかなと思えるところがあったり、脱字らしき箇所も見られますが、発売までに修正されていくと思います。
体験版で納得させられてしまったのは、主人公、鍋島立哉の描き方。
定塚学園の非常勤講師。担当は社会科。
気さくに話せる体育教員の岡本先生もいるが、職員室では肩身が狭いのか準備室で過ごしていることが多く、
部活顧問は請けていない。
過去、世界的に有名な画家として活躍していた時期がありました。
師事していた恩師について世界を回り、絵を描いて。そして幸いにしてディーラーの目に留まった。
大企業からの案件を経て、ヨーロッパで画展を開き、ニューヨークでアトリエを持つほど有名に。
しかし、画業を続ける中で苦しみ、スランプに。
そのうちに恩師が亡くなり、ある”青い絵”を描く。
本当に心から描きたいと思えるもの。描いた鍋島立哉自身が救われた気持ちになれたもの。
生涯最高の一枚。
だからこそ、その絵は公開せず、描いたモデル、恩師の娘である明日咲沙希に託す。
この時はスランプを抜けた、画壇へ戻れると確信した。
だが、恩師は、ほとんど同じといっていい絵を遺していた。
この絵が元で、大嵐に巻き込まれた鍋島立哉は、一方でさらに自信を失っていた。
自負した生涯最高の一枚すら、オリジナルではないのか。
依頼してくる企業の希望通りに描いてきた、鍋島立哉へ対する侮蔑を込めた”コピー機”という揶揄が襲い、何を描いていいのかわからなくなってしまった。
そして十年。
ようやく人並みの暮らしを取り戻したところが、本作のスタートです。
冒頭で、楠木いろはを助けようとしたのは無謀ではなく、経験に裏付けされたもの。
それが同じ”青”だというのが因縁めいた繋がりを持たせています。
絵から離れてやっと。
でも、鍋島立哉は、絵に関わることになってしまう。
これに対し、きちんと登場人物達を動かし、体験版を経て、やっと一歩、進むことができるようしていく姿を見せる。
見事でした。
とはいえ、まだこれからもあるのでしょうね。あって欲しいです。
何しろ、この春、定塚学園に入学してきたのは、明日咲沙希です。
「世界中の空を旅する渡り鳥のように。真空の宇宙をまたぐ天体のようにです」
明日咲沙希(実羽ゆうきさん)
初見で、入学式のアーチから鍋島立哉を感じ取る。
明日咲沙希は、ずっと、鍋島立哉の絵を求めていました。
過去に、渦中の人物となっていたことがあります。
しかし聡く、幼かった当時でも小さな行動を起こし、でもそれは世間の荒波でかき消され、けれどその後も気持ちを大切にしていました。
明日咲沙希の望みは、絵を通じて母を知ること。
母の薫陶を受けた鍋島立哉の画風に惹かれているのはそのため。
写実描写に秀でており、人物画は未成熟。
しかし背景より人物画に魅力の源泉があるようです。
母と死別後、父は再婚。妹がおり、面倒を見ても居る様子。
しかし、それとは別に子供向けアニメ番組を録画してよく見ているらしい。
よく考えて大胆に行動するタイプ。大事なことは決して譲らない強さが魅力ですね。
姿は母親の面影がある。
コーヒーの淹れ方は来栖桜綾をも納得させる。
生真面目な性格をしており、クラスでは委員長を率先。
号令の、実羽ゆうきさんのキリッとした声を聞くのは新鮮ですね。
感情が高ぶると子供っぽくなるギャップもあります。
表現うまいなと思うのは、鍋島立哉、ビジュアルからは線の細い印象ですが、絵のことになると結構圧を感じさせるのですよね。
対したヒロインが怯む場面が幾度か見られます。やっぱりプロとして世界を味わったからなのでしょう。
また、鍋島立哉の言い回しが小気味良く、幼い頃から素養があった元芸術家という設定が良く伝わりますよね。
それと、若者が可能性を否定するようなことを言う時にも。

「優しい人はさ、そう足掻いたって優しさを捨てたりできないんだよ」
楠木いろは(森谷うたねさん)
入学歓迎アーチを改修したことで、鍋島立哉を気に入り、
猛アタック宣言をする。
交友関係が広く、人との距離感も近い。
ハーフのビジュアルもあってか、モテる気配も感じます。
テンションとノリで来栖桜綾のペースを崩すことも。
学力は低めだが、知識はなくてもわかる力、感受性が強い。
察する力も高く、理解した上で、場が明るくなる方を選ぶ。
もしかしたら3人の中で一番、相手を甘やかすタイプなのかもしれませんね。
ちょっと気になるのは、楠木いろはの「うち」の発音。
う↑ち→と頭高ではなく、アマエミ作品の発音は、う→ち→。平板型です。
平板型だとかわいらしさが減りやすい、声質によっては威圧が出やすくなるのですね。
森谷うたねさんの声は、一音がきれいなタイプ。ギャルキャラクタとのギャップが生まれていて、これが味わいになっています。
圧が出にくいのがいいですね。
甘やかしそうだなと感じたのは、キャタクタ性格設定だけでなく声も理由に入っています。
根が素直で、一緒になって怒ったりするところがなんとも良いですね。
最初に信頼を得てしまったからか、鍋島立哉は、困っている人を助けてくれる人だと信じている。
補習になりそうな自分の学力、夜に出歩いていたらしい明日咲沙希。
もしかしたら、本編でも何かあるかもしれませんが、その時でもきっと、楠木いろはは信じることでしょう。
とてもグラマラス。
ちなみに、鍋島立哉が飼っていると思っている猫を、ポコ太と呼んでいる。
来栖桜綾(風音さん)
若くして文学賞受賞のプロ作家。ペンネームは桜坂クリス。
ジャンルは時代小説。
社会科準備室には歴史資料を読みに来ている、ということになっているが、
一定の信頼を置いているのか、鍋島立哉に原稿を下読みさせている。
ハードカバーから文庫化にあたり改稿するほど自著を大事にしている。
残念ながら層の厚いジャンルであるため、ファンに望まれながらも映像化はまだされていない。
文章の魅力は、鍋島立哉だけでなく明日咲沙希も惹き付けているが、
小説家であることを隠しているため、明日咲沙希は知らずファンを作家本人に宣言してしまった形。
人をからかったりすることに行動を費やし、それで自分が放って置かれてしまうと苦情を言うタイプ。
小説でも登場人物を純粋に描くあたり、素ではピュアなのでしょうね。
資産家の家なのか、電話一本で即座に100万円を用意しようとしたり、
同好会発足には学園に多額の寄付も行った可能性が伺えるようです。
楠木いろは、明日咲沙希より先に鍋島立哉に接近しているのですよね。
しかし、元プロ画家であるとか非常勤講師であるとかを知らずに、鍋島立哉の隣りにいる。
どういう出会いだったのでしょうか。
このビジュアルで、鍋島立哉が座っている椅子のひじ掛けにお尻を乗せてくる場面。
さすがに慣れてきたのか、鍋島立哉は考えていた対応を行うのですが、こんな風に迫られたら圧倒されますよね。
なお、公式サイトによれば、他の2人より来栖桜綾のシーン数が一つ多いです。
ちなみに、猫の呼び方はステファニー。
この3人と、一緒に過ごしていくようです。
楠木いろはは補習のため。
来栖桜綾は小説執筆の資料と下読みにと、鍋島立哉にそれぞれ用事があります。
いっそのこと部にしてしまえばやりやすいと、来栖桜綾が同好会を発足。
鍋島立哉を顧問に据えることで、名目的にも社会科準備室へ3人が集まることができるようにしていきます。
私服もいいですね。3人とも首元がゆったりした服を選んでいますが、ネックラインが良いですよね。センターの描き方が特に。
ちなみにこの背景、フォーカスするようにパンさせるのですが、かなり精妙です。
設計に伴う要素がうまく集約されている印象です。
舞台が気になるくらいに。平塚でしょうか。
楠木いろはのイントネーション的に宝塚では無さそうです。
そこに登場するキャラクタたちは、確かに惚れっぽいかもしれない。
でも一生懸命生きているなと、強さを感じました。
冒頭の山で、物語はある意味終わってしまったかと思いましたが、そんなことはありません。
不器用にも誠実であろうとした、幼い明日咲沙希。
その心に触れたのは、鍋島立哉が描いた絵。
絵に封じ込められた、”祈り”。
この祈りこそが、明日咲沙希の心を解放したのです。
鍋島立哉の恩師に対する親愛。恩師の言葉。これが本当に小気味良いですよね。「自分だけの美しいものは、誰にも理解されなくていい」
二人の関係は特別な物だったのが良く分かります。
そして、鍋島立哉が苦しんだ描写を省かない。
少しずつ出していくなど、重たすぎないようにはされていますが、最後まで読んでからもう一度読むと、冒頭の鍋島立哉の輪郭が、より深くなっていくのを感じます。
明日咲沙希は、追い掛けることをやめなかった。
だから、母のことを知ることができた。
知らなかった母を教えてくれた人。その人がくれた”祈り”は、母が本当に持っていたものだったと。
感染症が終わった後の世界が舞台。
臨まない結果から、過去を捨て、ひっそりやっていこうとした鍋島立哉。疵を負ったり、何かを心から欲したり。
ここをしっかり描いた作品。すごく良かったです。
噂から追い込まれるといったニュアンスだけでなく、
人が何によって、また、明日のことを考えることができるようになるのか。
いま読むのにふさわしいシナリオともいえて、これは楽しみです。
ただ。一つ問題点が。
発売、6月ですか。来月末発売くらいだと嬉しかったですね。
ちょうど舞台スタートが春の新入歓迎を描くところからでもありますし。
2022年6月24日(金)発売予定です。
ダウンロード販売もあります。